2026.01.19

「DIG:R STUDY MEETING #008」レポート

2026年1月9日(金)エリア深堀ナイトin的場町「DIG:R STUDY MEETING #008」が開催されました。今回テーマは、いま注目の広島市南区「的場町」。広電の路面電車ルート変更により、まちの動線がアップデートされる中、クリエイティブな人材や新しい発想を持つプレイヤーが続々と集まっています。これからますます面白くなりそうな的場町について、前半はクロストーク、後半は街へとくりだし、的場町の魅力を深掘りしました。

■日時 2026年1月9日(金)18:30〜20:00 まち歩き 20:00〜20:30
■場所 MaNA(広島市南区的場町1-7-24)
■クロストークゲスト
Sequence Studio inc. 代表・建築家 前田大輔さん
バラン 代表・ランドスケープアーキテクト 西元咲子さん
■モデレーター
一般社団法人HLL代表理事 水木 智英さん

会場となったのは的場町にあるレトロビル3Fにある、トークゲストの前田さんと西元さんの共同オフィス「MaNA」。窓からは開発著しい広島駅周辺のビル群の夜景、そして眼下には猿猴橋のライトアップや路面電車の線路をまたぐ車の流れを眺めることができます。

その美しい景色を眺めながら「これをやるとすごく仲良くなれるんです」とモデレーターの水木さんの発案で、「的場と私」というテーマで一人ずつ自己紹介をすることになりました。

すると、的場町にある飲食店に足繁く通っているという人や、今は姿を消してしまった映画館の思い出を語る人、「22年前、料理人になって初めて一人暮らしをしたのが的場町だった」という人など、何かしら的場と関わりのあった人が多く参加していることがわかり、水木さんの言葉通り、一気に互いの距離も縮まった様子で、気軽に声を掛け合う姿も見られました。

参加者の自己紹介に興味深く耳を傾けるトークゲストの前田さんと西元さん

会場の空気も十分に温まったところで、「的場の歴史」の深堀りタイムに突入。調べによると、的場町は1822年に段原村から分割して誕生した町で、その後は駅前市街地として発展。1945年の原爆でほぼ全壊したものの、驚くことに翌年春には2館の映画館が開館したのだとか。その事実に「人は生きる希望を見出そうとする時、これほどまでに娯楽や文化を求めるものなのか」と、市井の人々のたくましさに驚きを隠せない皆さん。

1978年頃の写真を見ながら、現在の街並みにも残る建物や店舗を説明する前田さん

さらに、話題が「猿猴橋」へ及ぶと、前田さんが町内会長さんから聞いたというある秘話を紹介。それは、大正時代まであった猿猴橋の美しい意匠を取り戻そうと、「かっぱおじさん」と親しまれた町民らが募金活動などで資金を集め、橋の象徴だったオオタカのブロンズ像を復元。その活動が行政を動かし、橋全体の完全復元工事の実現に至ったという話です。

この物語に「まさに胸熱エピソードですね」と水木さんも感嘆。会場の皆さんも前田さんの話に熱心に耳を傾けながら、的場で暮らす人々のまちづくりにかける情熱に想いをめぐらせました。

後半はいよいよ、前田さんと西元さんのクロストーク。それぞれ用意したスライドでこれまでの実績などを紹介しながら、建築トークに花を咲かせました。

長崎出身の前田さんの建築家人生のスタートは、広島の設計事務所「SUPPOSE DESIGN OFFICE」から。大学卒業後すぐに「お金はいらないからここで働かせてほしい」と直談判をして入社したといいます。「当時はまだ社員が3名ほどの小さな事務所でしたが、今考えるとよく受け入れてもらえましたよね」と照れくさそうに笑う前田さんですが、その先見性と覚悟が、今の活躍に至る一つの起点になったことは間違いありません。

さらに研鑽を積むべく、戦後復興にも大きく貢献した「村田相互設計」へ移籍。公共事業のデザイン・設計を経験を積んだ後、再び古巣の「SUPPOSE DESIGN OFFICE」へ。前田さんが手がけたプロジェクトの数々を、当時のエピソードとともに振り返りました。

一方、生粋の広島っ子という西元さんは大学卒業後「GKデザイン総研広島」に就職。その後、東京の「GK設計」在籍中に広島駅の再開発プロジェクトでランドスケープ設計を担当、2023年に再び広島へ戻って来ました。

自身の「ランドスケープアーキテクト」という仕事について「どう説明すれば分かりやすく伝えられるか、いつも悩む」という西元さんですが、今回、その本質を伝える事例にあげたのが、新人時代に手がけたという平和記念公園内のプロジェクト。

当時、西元さんは「修学旅行生が雨をしのぐための大屋根」の設計を依頼されたそうですが、近代的な屋根を新設することに強い違和感を抱き、屋根をつくるのではなく、その場にある木々の木陰を活かし、ベンチだけを配置するというアイデアをスケッチにして提出。 そのアイデアが実際に形になったことを知ったのは、ずいぶん後になってからのことでした。

しかもその場所は、後に世界的に評価された映画『ドライブ・マイ・カー』の重要なロケ地にも選ばれており、それを知った時は西元さんもとても驚いたそうですが、作為的に何かを「つくる」のではなく、そこにある価値を「見出す」ことの大切さを改めて実感したといい、それこそが西元さんにとってのランドスケープの原点になったそうです。

クロストーク最後の締めくくりは、参加者との質疑応答タイム。投げかけられる質問に、時折、互いの顔を見合わせながら、慎重に言葉を選び、一つひとつ丁寧に答える姿がとても印象的でした。なかでも、二人が会場と一体となって考えを巡らせたのが、「広島をどんなまちにしたいか、どんなまちになってほしいか」という、未来への問いかけです。

まず前田さんが掲げたのは「世界中の人々が憧れる広島」という壮大なビジョンでした。

「その実現のために何が必要かを考えたとき、広島駅と平和記念公園、この二つの拠点を結ぶエリアを、思わず歩きたくなるような『芸術文化のまち』へ昇華させることだと思う」と、建築家として物理的な空間を繋ぐだけでなく、その間にある「体験」そのものをデザインしたいという決意を滲ませると、西元さんは、それに「人」という視点から言葉を重ねます。

「広島には、幼少期から合唱や吹奏楽などの芸術文化に深く触れてきた人がとても多い。それはこのまちの大きな特徴であり、宝だと思います。そうした芸術を核に人々が集まり、語り合うことで、まち全体に豊かな教養が根付いていく。それこそが『世界の広島』としての唯一無二の魅力に繋がるのではと思います」

さらに二人が構えるこの拠点も「人々が集い、お酒を片手に未来を語り合うサロンのような場所に育てたい」という夢も語られると、会場は温かな期待感に包まれました。

広島の歴史を掘り起こし(Digり)、新しい風景を設計するお二人の熱い想いが会場の隅々まで届いた時間。参加者の皆さんは二人に惜しみない拍手を送り、この日のクロストークは幕を閉じました。

クロストーク終了後、さっそく向かったのは、猿猴橋のたもとに鎮座するブロンズ製のオオタカの像の前。猿猴橋にまつわる胸熱エピソードを思い出しながら、橋の復元に込められたまちの人々の並々ならぬ情熱を、みんなで噛み締めました。

そして街歩きのあとは再び「MaNA」に戻り、近隣の人気店「バンコク食堂バードマン」の料理とお酒を囲んでの懇親会。的場町の物語を肴に賑やかな交流が続きました。

今回の「的場深掘りナイト」を通して、心に深く残ったのは、「まちは常に一定の状態でいられるわけではなく、必ず波(変化)がある。その変化を念頭に置きながら、決して傲慢にならず、まちと関わり続けたい」という西元さんの言葉です。

絶えず姿を変え続ける広島という都市のなかで、変わらない情熱や歴史の価値を見出し、共に慈しんでいく。そんな「まちとの関わり方」の種が、参加者一人ひとりの心に蒔かれたような、温かな一夜となりました。

クロストークで素敵なお話を聞かせてくださった前田さんと西元さん、そして参加いただいた皆さま、ありがとうございました!

取材・文:イソナガ アキコ
写真:おだやすまさ

INSTAGRAM

「DIG:R HIROSHIMA」の取組や
「まちと暮らしをDIGる」ための
様々なコンテンツを投稿しています。

お申し込み・お問い合わせ先


広島県土木建築局住宅課
(住宅指導グループ)


〒730-8511広島市中区基町10番52号

082-513-4167