2025.05.12
「DIG:R STUDY MEETING #005」レポート

2025年2月28日(金)プロジェクトの理念と自分にとって豊かなライフスタイルを考えるきっかけをつくるトークイベント「DIG:R STUDY MEETING #005」が開催されました。
今回は、広島県内の映画館から支配人や主要スタッフをお迎えし、街に映画館がある暮らしの魅力やこれからの豊かなライフスタイルについて考えました。
■日時 2025年2月28日(金)18:30〜
■場所 AT THE TABLE(アット ザ テーブル)
■ゲストスピーカー
八丁座 支配人 蔵本健太郎さん
シネマ尾道 支配人 河本清順さん
福山シネマモード ディレクター 岩本一貴さん
■ナビゲーター
MC・インタビュアー 兼永みのりさん

進行は、広島を拠点に映画のインタビューや舞台挨拶・トークショーのMCを務める兼永みのりさん。SNSでも広島の映画情報を発信し、今年は「尾道映画祭」で聞き手も担当。この日も会場の雰囲気を和やかにしてくれました。

今回は、兼永さんも日頃から親交のある映画館関係者をゲストに迎えました。八丁座の蔵本健太郎さん、シネマ尾道の河本清順さん、そして福山シネマモードの岩本一貴さんの3名が登壇。兼永さんの呼びかけにより、大きな拍手とともに迎えられ、「DIG:R STUDY MEETING #005」がスタートしました。

はじめにゲストスピーカーの3名それぞれに、自己紹介と各映画館の特徴や取り組みについてご紹介いただきました。
まずは兼永さんより、八丁座とサロンシネマを運営する会社「序破急」の社名の由来についての問いかけから、蔵本さんのお話が始まりました。

八丁座の蔵本です。序破急とは“古の芸術における展開の形式”…と言っても難しいですよね(笑)。「序」はゆっくり・基本、「破」は中速・型破り、「急」は急速・ドラマティックを意味していて、芸術に携わる映画館として、この展開を大切にしながら、我々も型破りなことをやっていきたいと、そういった思いのこもった言葉です。
もともとは私の祖父が鷹野橋で映画館業を始めたことが始まりで、一番経営状況が厳しい時期に私の母・蔵本順子が引き継いで、さらに現総支配人である住岡正明さんが広島の映画文化を支えるべく尽力してくださったおかげで、映画館を再び続けることができました。
僕自身は、映画館の家業に生まれて3代目で、いわゆる“ドラ息子”だったので、10代の頃は映画もろくに見てなくて、あまりここでは言えないような生活をしてました(笑)。社会人になり東京での生活で挫折を味わって、その頃は毎週のように渋谷に映画を見に行ってましたね。映画は弱い自分も受け入れてくれるし、励ましてくれて、「僕もこれでいいんだ」って思わせてくれて。映画がなかったら本当にどうなっていたんだろうと思うほど、映画に救ってもらってきた人生で、映画は僕自身の人生そのものでもあります。そんな思いで広島に戻って、住岡さんや母の姿を見て、僕も映画館を続けることの意味を強く感じるようになりました。

でもやっぱり映画館の経営は決して楽ではないですね。特に資金面では今も大変な思いはしてますけど、地元の方が支えてくださったり、映画を信じる気持ちでどうにか頑張っています。 2010年にオープンした八丁座は、芝居小屋をイメージした空間で、座席は地元企業であるマルニ木工さんに特注したオリジナルチェアだったり、これまでにない広島オリジナルの “夢の映画館”です。おかげさまで現在、八丁座は開館15周年を迎えました。これからも面白い取り組みをどんどんやっていきますよ。

シネマ尾道の河本です。
シネマ尾道は、尾道市に唯一ある映画館です。尾道といえば “映画の街”という印象も強いと思いますが、もともと尾道市内には20館以上の映画館があった時代もあるんです。それが時代とともにどんどんなくなっていき、2001年には最後の映画館が閉館してしまいました。“映画の街”と言われる尾道に映画館がない状況を目の当たりにして、「どうにかして復活させたい」という思いが芽生えたものの、当時20代だった私は映画業界の知識も資金もなく、本当に右も左も分からない状態でした。
そこでまず全国の映画館を回って、映画館の運営について学ぶことから始めました。とある映画館を訪ねた際には、尾道市の人口を聞かれ「15万人」だと答えると、「1つのスクリーンを維持するのに人口30万人は必要だよ!絶対に成り立たないからやめときな、結婚できないよ!」なんて言われることもありましたね(笑)。それでも諦められず、全国の小さな町で成功している映画館を探していたところ、埼玉県深谷市にある「深谷シネマ」の存在を知りました。人口15万人の町で、NPO法人を運営母体に地元の方々が支える形で映画館が成り立っていることを知り、尾道でもできるかもしれないと確信しました。
こうして「映画館をつくる会」を立ち上げたんですけど、まず最初に始めたのが“映画を観てもらうこと”でした。映画館がなくなってしまった尾道で、大スクリーンで映画を観る楽しみを再び思い出してもらいたいと、上映会を定期的に開催するようにしました。4年間の活動を経て多くの地元の方々が支援してくれるようになり、2008年ついに今のシネマ尾道がある物件を借りることができました。改装には2700万円ほど必要だったんですけど、閉館した映画館から椅子を譲り受けたり、市民の方々からの募金を募ったりして、たくさんの方々の支えのおかげでシネマ尾道は誕生し、現在17年目を迎えました。

兼永さんから河本さんへ
シネマ尾道は地元の方だけでなく、観光客の方も多く来られているのが印象的ですよね。
河本さん そうですね。東京で上映した作品がちょっと遅れて尾道で上映されたりするので、観光や旅行を兼ねて来るのにちょうどいいみたいなんです。そういった流れもできて、映画ファンの方々が多く訪れてくれるようになりました。特に俳優の井浦新さんは、本当に数えきれないくらい何度も訪れてくださってますね。井浦さんは後輩の若手俳優さんたちも一緒に連れてきて「地方で映画を見てくれている人たちに直接会って、上映してくれている劇場に直接足を運んでやっと映画は完成する」っていうことを伝え続けてくださっています。

福山シネマモードでディレクターを務めています、岩本です。ディレクターとしての私の役割は、主に映画館での企画やイベントの運営ですね。
福山シネマモードは、2000年にミニシアターとしてリニューアルオープンした映画館です。さっき蔵本さんのお話を聞いていて、やはり私自身、序破急さんの影響をすごく受けているなと感じましたね。当時私にとってサロンシネマやシネツインは憧れの場所でしたから、「こんな映画館が福山にあったらいいのにな」という思いから、シネマモードもスタートしてるんです。2013年に現在の福山駅前に移転してからは、50年以上前からある映画館の古い構造を活かしつつ、八丁座のような快適な空間を目指して、ソファー席を導入したりもしました。
上映作品は、いわゆるミニシアター系の映画を中心に、アニメやドキュメンタリー作品も積極的に取り入れています。最近では、『104歳、哲代さんのひとり暮らし』という尾道を舞台にしたドキュメンタリー映画がヒットしていますけど、こういった地域に寄り添った作品選びを心がけています。
八丁座ができた当時、これまでにない映画館に衝撃を受けて、作品だけじゃなくて“その空間でどう過ごしてもらうか”が大切だということに気づきました。それで、僕らも何か面白い取り組みをしたいと思って、企画やイベントにも力を入れるようになりました。最近でいうとタレントのLiLiCoさんのトークイベントや俳優さんの特集、アーティストを招いたイベントといった色んな企画をしています。時には映画とは直接関係のないイベントもやっています。ジェーン・スーさんのトークイベントや、神田伯山(松之丞)さんの公演など…福山は文化的なイベントが少ない街ですけど、こうした取り組みを通じて、映画館を知ってもらって楽しい時間を過ごしてもらえると嬉しいですね。

ゲストスピーカー3名のトークの後、少しの休憩を挟み、第2部では引き続き兼永さん進行のもと、事前に寄せられた質問や会場内からの質問に対してクロストークが行われました。まずは兼永さんからの「街に映画館がある役割とは?」という問いかけに、3名それぞれお答えいただきました。
河本さん:「地域の人が“映画を観られる場所がある”ということが、映画館がある役割かなと思います。特に高齢の方や交通手段が限られる人にとって、もしうちの映画館がなかったら、一日かけて遠くに映画を見に行く、もしくは見ることができないと思います。尾道に映画館があることで、そういった客層の方も映画を楽しめる環境があるということ自体が、映画館がある役割なのかなと思います。」
蔵本さん:「全国的にシネコンが増える中で、やっぱり僕たちは広島オリジナルの映画館を目指したいと思っていて。どこの映画館も全部一緒じゃ面白くないじゃないですか。色んな作品を自由に上映していって、多様な人を受け入れる映画館として、広島の街にあることが役割かなと思います。」
岩本さん:「シネマモードでは、『映画の見方を深める講座』というのをやってるんです。映画を観た後に『主人公がどんな状態で始まり、どんなピンチがあり、どう成長したか』を整理することで、映画をより深く理解できるということを伝えています。映画の技法や演出にも目を向けることで、観る側の視点も豊かになるし、映画館があることで、こうした学びの場が生まれるというのも大きな意味があると思います。」

兼永さん:私もいろんな舞台挨拶のお仕事をする中で、『福山は、岩本さんが映画の見方を育てている』『観客の質問の質が全然違う』という話題になったことがあります。
岩本さん:「賢そうなことを聞かないっていうことが大事かなと思います。自分の感じたことを大切にしながら、小道具のこととかカメラワークのこととか、観客が自由に何でも発言できる雰囲気作りを心がけてます。とんちんかんな質問がどんどん出るような空気にしていると、その方が面白くなりますから。」

この岩本さんの言葉を受けて、兼永さんが「すごくいい流れ!この場にも“とんちんかんな質問”をしたいという方たくさんいらっしゃると思います」と会場に呼びかけ、アットホームなムードで参加者からの質問タイムが始まりました。会場から寄せられた質問の中から、いくつかピックアップしてご紹介します。
質問者:「皆さんの一番好きな映画は何ですか?」
兼永さん:「蔵本さん、『ニュー・シネマ・パラダイス』以外でお願いしますね!」
蔵本さん:「うーん、『ニュー・シネマ・パラダイス』以外用意してなかったな…(笑)。『バッファロー‘66』なんかは最近また改めて面白いと思いましたね。僕が初めて見たのが東京で一人ぼっちの時だったんで、最近になって見返すと自分の状況が違うせいか作品の感じ方も変わりましたね。映画ってその時の自分の置かれた状況や体調によっても見え方が変わるし、昨日と今日でもまた見え方が違いますよね。」

河本さん:「私は…尾道びいきではないんですが、小津安二郎監督の『東京物語』ですね。こう言うと“映画好きっぽい”感じがしちゃいますけど。ただ、18歳の時に初めて観た時は、冒頭5分で寝ました(笑)。でも今この歳になって見直すと、家族の形や社会との関係性がものすごく心に刺さるんですよね。毎年、尾道で子どもたちに『東京物語』を観てもらうというワークショップをやっているんですが、小学1年生の子たちでもしっかりストーリーを理解して、それぞれのキャラクターの役割まで考えているんです。それを見て、やっぱりこの作品はすごいなと改めて思いました。」
岩本さん:「私が挙げるとしたら、2012年の韓国映画『ポエトリー アグネスの詩』です。この映画は、中学生の孫と一緒に暮らすおばあさんが詩の創作を学ぶ中で、孫が事件を起こして、その事実とどう向き合いどう責任を取るかに苦しみながらも一つの詩を生み出すという物語で、この作品を観ると監督の強い社会批判や“今の世界に足りないもの”を感じますね。」
最後に兼永さんが、今回の会場「AT THE TABLE」の代表である中山さんへ話を振ると、
中山さん:「僕は『パーフェクト・ワールド』ですね。好きなシーンがあって、誘拐犯の主人公が誘拐した子どもに『アクセルを踏むと未来へ進む。バックすると過去に戻る。止まっているのが現在だ』って教える場面。あの場面がすごく好きなんです。」 映画への想いを語るたびに、会場はうなずきや笑いに包まれ、とても和やかな雰囲気の中、次の質問へ移りました。

質問者:「河本さんへの質問です。尾道映画祭の人気の秘訣を伺いたいです。」
河本さん:「尾道の映画祭に来ていただいている理由として、まずは尾道という街自体の魅力が大きいんじゃないかなと思います。景色も素晴らしくて、街全体が穏やかで時間がゆっくり流れているし、街の人たちも人懐っこく温かいので、そういった東京では感じられない独特の空気感が、映画関係者の方々にとっても居心地の良い場所なのかなと思います。」
兼永さん:「ビッグゲストがたくさんいるのに、街の人たちがすごく自然に受け入れてますよね。ゲストの皆さんが普通に街を歩いたり飲みに行ったりしてるのに騒がれることもなく、ただ穏やかに迎え入れられていたのがとても素敵でした。」

また「映画のセレクト」について聞かれると、河本さんは「映画館経営には『夢と算盤』という言葉がある」と話し、「自分の好きな映画や地域の方に見てほしい映画を上映するためには、経営とのバランスを取ることが大切」と17年間の経験を交えて語ってくれました。これに対し、兼永さんも「好きな作品だけに偏ると難しいのは、インタビューや舞台挨拶でも同じ」と賛同しました。
そのほかにも、
・反戦映画を広く見てもらうための施策
・コロナ禍による映画業界への影響
・映画『104歳、哲代さんのひとり暮らし』の魅力 など質問は多岐にわたり、議論が盛んに繰り広げられました。

さらに会場から「フィルムマラソンを復活してほしい」という声が上がると、支配人たちも「僕もやりたい!」「一緒にやりましょう!」と熱く賛同し、会場は大いに盛り上がりました。
この日の参加者の中には年間約400本映画を見ているという映画マニアの方、小学生のお子さんを連れた親子、自身で映画を作り東京からプレゼンも兼ねて来られた方など、さまざまな方が集まりました。またシネマ尾道の常連客が支配人に手土産を渡すという場面もあり、映画館と観客の日ごろの温かい関係性が感じられ、会場全体が優しい空気に包まれました。

トーク終盤には蔵本さんが「映画館は無くならないですよ。形を変えながらも、人と同じように存在し続けると思います」と力強く語り、映画館の未来への希望を会場のみなさんと共有しました。
最後に兼永さんが「今日のトークイベントで各映画館の支配人たちの熱い思いを初めて知ることができた方も多いのでは」と語り、「みなさんぜひ劇場に足を運び、月に1本、いや3本、映画館で映画を観てもらえると嬉しい」との呼びかけで締め括られ、会場は大きな拍手に包まれました。

映画館、観客、そして支配人やディレクターの熱い想いが交わり、会場全体が映画館の未来について考える貴重な時間となりました。今回のイベントを通じて、映画館の現場の声を直接聞き、映画について語り合えたことも、広島の街に映画館があるからこそ実現できたことです。参加された皆さまにとっても、豊かなひとときになったのではないでしょうか。 参加いただいた皆さま、どうもありがとうございました。
取材・文:三輪美幸
写真:おだやすまさ

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